仄聞社ジャーナル

Inklings Inc.

アニクリ研究会(多摩地区表象文化論・动画批評研究会2019/9/4)に参加しました

こちらのイベント参加してきました。

いい意味でアニクリさんらしい「なんでもあり」感の盛り上がりを見せ、おもしろい会だったのですが、あとから振り返ると僕は(ほぼ)徹夜明けで変なテンションだった気もしており、お恥ずかしいかぎりです。

僕は遅れて参加しましたが、会の進行は難波優輝さんが、

を発表したあと、主に寄稿者が自己紹介、批評についての意見、寄稿内容紹介、等を発表し、一巡したあとはアニクリの今後等について様々な議論をしました。

やはり会の性格上、分析美学と批評の関係が話題になっていたので、僕は自分の仕事*1を紹介しつつ、急遽「私にとっての分析美学の魅力」について*2、おおよそつぎのようなことを話しました(より正確に再構成してあります)

私が分析美学において大変気に入っている点は、

  • フィクションや芸術にかかわる、日常的実践に即した、興味深い現象・問い・トピック*3を発見し、
  • それについて考慮すべき論点を蓄積し、
  • 概ね日常的な語彙・直観にもとづいて議論してくれる

ところです。

こうした特徴は、そこで扱われている現象・問い・トピックに関連して、個別的な経験的研究をおこなうさいには、大変都合がよいです。なぜなら、

  • 現象・問い・トピックを明確化しやすい
  • 現象・問い・トピック単位で議論が蓄積されているので、抑えるべき議論の見通しが立ちやすい
  • 日常的実践に即しているので、個別的な事例がみつけやすい
  • 考慮すべき論点を教えてくれるので、経験的研究の観点から検証がしやすい
  • 概ね日常的な語彙・直観にもとづいているので、議論を追うのに余計なコストがかからない
  • 日常的な直観として参照できる

などです。こうした特徴により、隣接分野の研究者や批評家にとっても、分析美学の議論は参照しやすいはずです。

また、分析美学を学ぶことは、他にも議論の仕方の参考になるメリットもあります。

  • 語彙を日常化・具体化する
  • 論点を絞り込む
  • 節構造の明確化
  • 議論の整合性を整える

等々。いわゆるアカデミックライティングに近いですが、こうした議論の組み立て方を学ぶことは、一般の人に対しては敷居が高くなるかもしれませんが、一定の経験を積んだ人であれば、他分野の人にとっても共有しやすい議論になるはずです。

ひとことでいうと、分析美学の使い方にもいろいろあるよ、ということになります。難波さんの発表とあわせて、参考にしていただけたら幸いです。

会が終わったあと、僕は「分析美学を参照した批評や個別文化研究もあるのだから、もっと美学者にそうした方向を追求してもらえば、他分野にとっても参考になるのではないか」旨のツイートをしたのですが、間違いではないものの、やや省察が浅かった気がしています。

むしろ、分析美学においても理論の提示↔対象への適用という手続きにより、対象に対する理論の適切性が確保されているのだから、そうした観点から分析美学について振り返えることで*4、他の営為と同水準で比較できるのではないか、という考えに至りました。

 比較の対象としては、おなじ文化・芸術を扱った諸理論は大きな参照先になるはずです。とくに松永さんや難波さんのような記号論路線は、ジュネットらのナラトロジーを連想させる点があり*5、こちらは批評への応用例は事欠かないので、比較対象として有力かと思われます。

ところで、僕も大きな影響を受けたシノハラユウキさんの『フィクションは重なり合う』を読み返していたのですが、第一部の後半は、虚構世界に階層性(物語世界/分離された虚構世界)を導入しつつ、両者の関係を分類してゆく(対応する/重なり合う) 点で、 やはりナラトロジーに近い部分があると思います。

早速ジュネット『物語のディスクール』をめくってみたのですが、「語りの水準」(p.266-)における「メタ物語世界」が、登場人物によって語られる物語、いわゆる「劇中劇」をあつかっており、近い領域かもしれません。p.271-274で、「メタ物語世界」と物語世界の関係を分類しており(説明的機能/テーマ論的関係/非明示的関係)、テーマ論的関係には対照関係と類似関係があり、後者は寓話も挙げられています*6

 『フィクションは重なり合う』の興味深い点は、明示的に物語世界から区別されていない世界についても、物語世界の登場人物にとっての真/偽を導入することで、通常の物語世界から区別できる点を指摘したことかもしれません。

そんなわけでまとまりがないですが、今後ともアニクリさんや美学周りには僕なりに注目させていただければと思っています。

 

 2019/9/14追記

松永さんよりご意見いただいたので、掲載します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビデオゲームの美学

ビデオゲームの美学

 
フィクションは重なり合う: 分析美学からアニメ評論へ

フィクションは重なり合う: 分析美学からアニメ評論へ

 
物語のディスクール―方法論の試み (叢書記号学的実践 (2))

物語のディスクール―方法論の試み (叢書記号学的実践 (2))

 

 

 

 

*1:現時点で正確に表現すると、「分析美学に大きな着想を得て、分析美学的な枠組みを参照しつつ、他の知見も織り交ぜた、個別文化研究」かなあと思ってます

*2:2つネタを用意してきており、もうひとつのネタは寄稿内容紹介でしたが、その後ある程度拾えました

*3:当日挙げたのは、描写の哲学における「分離」、芸術作品の適切なカテゴリーとは何か、美学・倫理学的論題としての「ネタバレ」、の3点でした

*4:分析系に特徴的な方法(定義づけ、分類、複数の説の検証、複数事例の比較etc)についても、そうした観点から位置づけられるかもしれません

*5:記号/内容の区別を基礎に、対象を2つのシステム・カテゴリーに分割し、両者の関係から分類項目を導くところ、など

*6:さらにいえば、ジュネットは「語りの水準」の違反を「転説法」と呼んでおり(p.274-)、示唆的です

『アニクリ』Vol.7s(バグ号)Vol.3.5(音楽号)に寄稿しました / イベントに参加します(2019/9/4)

 

目次はこちらです。

作画崩壊」の現象学に向けて――「キャベツ」はなぜそれとして理解できるのか

1. 問題の所在

2. 事例1 : キャベツ 対象を理解する/逸脱として記述する

3. 事例2 : 顔芸 逸脱を位置づける/逸脱の理由を推測する 

4. 考察

5. おわりに

キャラクターと志向の美学――『リズと青い鳥』小論

1. 「見ること」と「瞳の震え」

2. 瞳の造形と視線

3. 視線の分散1 : 不満の表明

4. 視線の分散2 : 相槌

5. 複数の志向が交叉する空間

作画崩壊」論については、p.29~30の図の番号が複数箇所間違っていました。下記において正誤表と訂正版を読むことができます。

 

購入は下記にて(バグ号はCOMIC ZINのみ販売中)。

 

主なご感想。

 

続きを読む

『フィルカル』Vol. 4 No. 2に掲載いただきました

『フィルカル』Vol. 4 No. 2の「ネタバレの美学」特集に拙稿「見破りましたか?騙されましたか?――「ユージュアル・サスペクツ」感想文の分析」を掲載いただきました。

「ネタバレの美学」に影響をうけて投稿した文章をもとに改稿して、掲載いただいた次第です。ありがとうございました。

 (なお、本ブログに過去掲載していた記事が原型ですが、一から書き直しています)

 

内容紹介:

タイトルは映画のキャッチコピーを文字って 「見破りましたか?騙されましたか?」としましたが、内容的には「ネタバレ情報を提示すること」といったところです(英題は直訳だとわかりにくいので、Presenting spoiler information : Analysis of revew of "The Usual Suspects"にしました)

 

目次:

1. 能動的鑑賞と「伏線」

2. ネタバレあり感想文の分析

2.1. 映画のあらすじ

2.2. ネタバレ注意

2.3. ネタバレ感想1:ネタバレの確認

2.4. ネタバレ感想2:作品の振り返り

2.5. ネタバレ注意、ネタバレの確認、作品の振り返り

2.6. ネタバレ情報として提示すること

3. おわりに

 

資料の紹介: 

シナリオ 2009年 10月号 [雑誌]

シナリオ 2009年 10月号 [雑誌]

 
  • 森下直、2009 年「シナリオセミナー VOL.326 伏線を張る・回収する」
21世紀本格ミステリ映像大全

21世紀本格ミステリ映像大全

 

  

参考文献の紹介: 

行為としての読書 美的作用の理論 (岩波モダンクラシックス)

行為としての読書 美的作用の理論 (岩波モダンクラシックス)

 
認知物語論キーワード (IZUMI BOOKS)

認知物語論キーワード (IZUMI BOOKS)

 
『哲学的探求』読解

『哲学的探求』読解

 
画像と知覚の哲学―現象学と分析哲学からの接近

画像と知覚の哲学―現象学と分析哲学からの接近

 
相互行為分析という視点 認識と文化 (13)

相互行為分析という視点 認識と文化 (13)

 
これからのウィトゲンシュタイン―刷新と応用のための14篇 (リベルタス学術叢書)

これからのウィトゲンシュタイン―刷新と応用のための14篇 (リベルタス学術叢書)

 
  •  西阪仰、2016 年「身体の構造化と複合感覚的視覚―相互行為分析と「見ること」の社会論理」

 「地と図の反転」「アスペクト転換」について、これらの知見を組み合わせて分析することが論文執筆のひとつの動機でした。実力不足ゆえ十分に展開できず、最低限の議論の構図を示すことしかできませんでしたが……

 つづきに反省の弁など。

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『アニメクリティーク』Vol.6sに掲載いただきました

『アニメクリティーク Vol.6s』に「線と表情の魔法――『魔法少女まどか☆マギカ』試論」を掲載いただきました。

 掲載誌の紹介:

 販売ページ:

 

内容紹介:

 

目次:

1. 「叛逆」の物語

1.1. 知識配分の非対称性

1.2. カテゴリーの「変容」

2. 線と表情の魔法

2.1. マンガ表現における顔/表情

2.2. 顔と場面の相互構成

2.3. 線の意味作用

3. おわりに

 

主な参考文献:

エスノメソドロジー―社会学的思考の解体

エスノメソドロジー―社会学的思考の解体

 
  •  ハーヴェイ・サックス、1987年「ホットロッダー――革命的カテゴリー」
漫画原論 (ちくま学芸文庫)

漫画原論 (ちくま学芸文庫)

 
線が顔になるとき―バンドデシネとグラフィックアート

線が顔になるとき―バンドデシネとグラフィックアート

 

 

主なご感想:

つづきに筆者の雑感など。

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「作品とカテゴリーの実践」関連ブックガイド②

本論文の関連記事:

 

関連ブックガイドその②をお送りします。

 【目次】

文化批評/研究

日本の軍歌 国民的音楽の歴史 (幻冬舎新書)

日本の軍歌 国民的音楽の歴史 (幻冬舎新書)

  • 作者: 辻田真佐憲
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2014/07/30
  • メディア: 新書

 拙稿でも取り上げた辻田さんの著作。「軍歌」というカテゴリーに取材しつつ、戦前日本のメディアと社会(エンタメと政治)の関係をまとめた本です。「軍歌」は、国威高揚、戦況のニュース速報、兵士の英雄譚、等様々な役割をもっていました。たとえば日露戦争で活躍した一兵卒を英雄化する軍歌があり、題材になった人は実態とはかけ離れた「英雄」を自ら演じてゆくのですが、ここには「メディアによるキャラクターの暴走」といった事態がすでに先駆的にあらわれています*1 すぐれた歴史記述は、現在の社会から過去を振り返るものでもある、ということがよくわかる著作だと思います。

  

セカイ系とは何か (星海社文庫)

セカイ系とは何か (星海社文庫)

セカイ系」というカテゴリーの流行を丹念に記述することで、エヴァンゲリオン以降のオタク文化を振り返った著作。ゼロ年代批評の文脈のまとめにもなっています。

この著作では、流行の過程で「セカイ系」の理解のされ方(概念の結びつき方)が変化しつつ*2、ポピュラーカルチャーの外側からの呼称だった「セカイ系」が、積極的に自称されるようになった過程が記述されています。ここでおこっているのは、「ポピュラーカルチャーについての言論・知識」が「ポピュラーカルチャー作品の概念のあり方」に影響をおよぼすという意味で、ある種の「ループ効果」*3 だと思われます。さらに複雑なのは、「セカイ系」はループ効果をひきおこすとどうじに、ループ効果の産物でもあること*4 が示唆されていることです。コンパクトながら「セカイ系」をめぐる複雑な動態を提示している点で、すぐれた著作だと思います。

 

妊娠小説 (ちくま文庫)

妊娠小説 (ちくま文庫)

 「セカイ系」はポピュラーカルチャーにおいて実在するカテゴリーですが*5、こちらは近現代文学を「妊娠小説」というアドホックなカテゴリーのもとで批評しています。社会において確立していないカテゴリーを扱っていながら、そのカテゴリーのもとで作品を細かく分類・解釈・評価しており、キャロルが論じた批評の諸作業はフル活用しているという意味でも、興味深い一冊だと思います。

本書の『風の歌を聞け』読解は、↓のような村上春樹論   

謎とき 村上春樹 (光文社新書)

謎とき 村上春樹 (光文社新書)

  • 作者: 石原千秋
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2013/12/20
  • メディア: Kindle

 でも画期的なものとして言及されており、こうした批評書は作品論にも貢献しています。

 

シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち:近世の観劇と読書

シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち:近世の観劇と読書

  • 作者: 北村紗衣
  • 出版社/メーカー: 白水社
  • 発売日: 2018/03/24
  • メディア: 単行本

 前エントリでも言及した受容理論を踏まえつつ、女性の観客や評論家によるシェイクスピア劇の受容史を描いた著作。作品が受容される際には、特定のキャラクターや演者や人間関が焦点化されたり、「世俗性」や「機智」といった概念と結びつけられたり、「原作」志向と「芝居」志向が対立したりしています。そうした様々な解釈過程を織り交ぜつつ、地道な資料調査により女性の鑑賞者の存在を活写しています。

 この著作と合わせて読むべきなのは、 著者も述べているように、

宝塚・やおい、愛の読み替え―女性とポピュラーカルチャーの社会学

宝塚・やおい、愛の読み替え―女性とポピュラーカルチャーの社会学

  • 作者: 東園子
  • 出版社/メーカー: 新曜社
  • 発売日: 2015/04/24
  • メディア: 単行本

のようなファンカルチャー研究でしょう。「やおい」においては作品の特定の人間関係を焦点化し同性愛的関係に読み替えるわけですが、興味深いのはそうした「カップリング」はときとして「学説」と呼ばれることです。またテクスト批評においても作中の人間関係を精神分析的枠組みのもとで解釈するやり方は定番です。「ファンカルチャー」と「批評」の相似的な関係がうかがわれます。 

 

社会にとって趣味とは何か:文化社会学の方法規準 (河出ブックス 103)

社会にとって趣味とは何か:文化社会学の方法規準 (河出ブックス 103)

 宮台真司サブカルチャー神話解体』とブルデュー理論を批判的に検証しつつ、文化社会学のあり方を提示する著作。僕は前者は大いに影響を受けている一方で後者は不案内なのですが*6、2章後半の議論(「全体集約型趣味/自律的趣味型趣味」の対比)は読んでおくべきかと思います。また本書は統計的手法とEMや会話分析を織り交ぜた議論をしており、論文のスタイル面でも参考になりました。

 

マンガ視覚文化論: 見る、聞く、語る

マンガ視覚文化論: 見る、聞く、語る

漫画評論の最新の評論集です。「見る内容/読む内容」という描写の哲学を連想する区別をしているのが興味深いです。また、

  • 岩下朋世「「マンガと見なす」ことについて――「体験としてのマンガ」と少女マンガ様式」

は、作品を「マンガ」や「絵物語」として分類する実践に着目しつつ、マンガのジャンル史的展開を記述しています。「マンガ」カテゴリーのもとで標準的特徴や非標準的特徴が分節されることや、「マンガ」とみなさない記述実践についても論じており、本稿と通底する内容になっています。

 

ハーフリアル ―虚実のあいだのビデオゲーム

ハーフリアル ―虚実のあいだのビデオゲーム

  • 作者: イェスパー・ユール,松永伸司
  • 出版社/メーカー: ニューゲームズオーダー
  • 発売日: 2016/09/30
  • メディア: 単行本

 現代的なビデオゲーム研究の古典。ビデオゲームを「ルール」と「フィクション」の両方の側面から考察しています。様々な学術的知見を用いながら、複数の角度から題材について論述しています。学際的でありつつ対象に即した研究として手本になると思います。この本については、

ビデオゲームの美学

ビデオゲームの美学

  • 作者: 松永伸司
  • 出版社/メーカー: 慶應義塾大学出版会
  • 発売日: 2018/10/20
  • メディア: 単行本

 の併読が今後は必須になるかと思います。

 

解釈学的循環 

拙稿ではちらっと解釈学的循環がでてきましたが、拙稿の読み方として、「対象の理解」と「解釈の枠組み」が循環することがあり、一度はまり込むと抜け出しにくいので、つねに様々な事実や枠組みをチェックしたほうがよい、という教訓をひきだすのは全然ありだと思います(読み方レベル1)。

実際にそうした循環にはまり込んでしまった事態を描いたものとして、

陰謀の日本中世史 (角川新書)

陰謀の日本中世史 (角川新書)

  • 作者: 呉座勇一
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/03/09
  • メディア: 新書
歴史修正主義とサブカルチャー (青弓社ライブラリー)

歴史修正主義とサブカルチャー (青弓社ライブラリー)

  • 作者: 倉橋耕平
  • 出版社/メーカー: 青弓社
  • 発売日: 2018/02/27
  • メディア: 単行本

 といった著作が挙げられます。たとえば「陰謀論」は(過度に恣意的な)枠組みのもとで資料を解釈する一方、解釈枠組みに適合的な資料のみを収集し、批判的な意見を「陰謀」として解釈枠組みに還元してしまう(解釈枠組みが正しいからこそ批判にさらされるのだ、といったように)という意味で、まさに「循環」が強力に働いている事例だといえると思います。

またそうした循環から抜け出す具体的なノウハウとして、 

問題解決大全――ビジネスや人生のハードルを乗り越える37のツール

問題解決大全――ビジネスや人生のハードルを乗り越える37のツール

  • 作者: 読書猿
  • 出版社/メーカー: フォレスト出版
  • 発売日: 2017/11/19
  • メディア: 単行本 

を挙げたいと思います。ここでは「問題の認知」と「解決方法」の循環を指摘したうえで*7、そうした循環に介入する方法が紹介されています*8

 しかしながら「循環にはまり込んでいる事例」と「はまり込んでいない事例」は、そもそも枠組みの同一性が不定形である以上、厳密に区別することはできません。拙稿の議論が示唆しているのは、循環にはまり込んでいる事例もそうでない事例も、対象の理解と解釈の枠組みの往復という技法は共通しており、そうした観点から一貫して分析可能だ、ということなのです(読み方レベル2)。そうした観点からの分析は、前エントリで紹介した「ドキュメント解釈法」の議論を参照する必要があるでしょう。

 

フェミニズムジェンダー

拙稿の「HINOMARU」論争の分析は、「私作る人、僕食べる人」CM論争の江原由美子さんによる分析を参照し、下敷きにしています。フェミニズムはこのような事例分析の知見を提供するものでもあるのです。

参考:CiNii 論文 -  「受け手」の解釈作業とマス・メディアの影響力 (<特集>新しい「受け手」論の研究)

フェミニズムジェンダー論が明らかにしてきたのは、私たちが性的なカテゴリーによってなにかを分類する際に、様々な知識や概念を用いている、ということです。これは拙稿の作品のカテゴリー分けの議論とも通じるものがあります。拙稿がおもしろかった方は、フェミニズムジェンダー論により興味をもっていただけるかもしれません。こうした考え方が簡単にわかるものとして、

ジェンダー論をつかむ (テキストブックス[つかむ])

ジェンダー論をつかむ (テキストブックス[つかむ])

  • 作者: 千田有紀,中西祐子,青山薫
  • 出版社/メーカー: 有斐閣
  • 発売日: 2013/03/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
はじめてのジェンダー論 (有斐閣ストゥディア)

はじめてのジェンダー論 (有斐閣ストゥディア)

  • 作者: 加藤秀一
  • 出版社/メーカー: 有斐閣
  • 発売日: 2017/04/22
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 を挙げたいと思います(他によい本があったら教えてください)。

専門外ではありますが、フェミニズムジェンダー論は必須の教養だと思います。

 

オススメ論文 

ここからは気鋭の皆様の論文をご紹介します!

拙稿とおなじくウォルトンのカテゴリー論を応用した論文です。「ハロプロ」 を単なる「アイドル」カテゴリーではなく、「アイドル」と「歌手」の2つのカテゴリーのあいだを揺れ動くものとして分析しています。おなじ「成長」でもカテゴリーによって理解が異なることをアイドルファンの発言から描きだしています。

似たような方向性としては*9

 こちらでは「Vtuber」を「キャラクター」と「パーソン」という2つのカテゴリーから分析しています。「Vtuber」論においては基礎文献になると思われます。分析美学を基礎としつつ社会学的知見も盛り込まれています。

拙稿ではこうした議論を踏まえて、カテゴリー論による事例分析の詳細化を目指しました。すなわち、対象にカテゴリーを適用する活動に着目しつつ、(複数のカテゴリーの対比ではなく)あるカテゴリーが適用されるのはどのようなことなのか、を考察しています。拙稿でも「軍歌/愛国歌」という2つのカテゴリーをあつかっていますが、主眼としては1つのカテゴリーの適用過程を詳述することにあります。

ボーカロイド」を「楽器」と「キャラクター」の両面から分析した論文です。「初音ミク」を題材としつつ、ウォルトンごっこ遊び説を援用しながら、「小道具」の理解と「虚構的真理」の相互作用(プロップ志向/内容志向のメイクビリーブ)が論述されています。カテゴリー論ではなくフィクション論のウォルトンですが、拙稿と議論が通じるものがあると思います。

イアン・ハッキングの歴史的存在論を応用して、スーパーヒーローの歴史を記述した論文。僕なりのポイントは、「フィクション外における概念・知識」と「フィクション内における概念・知識」の2つの間でもループ効果は起こり得るということ、ただし前者と後者ではおなじ語でも位相が異なること(人工物のカテゴリー/人のカテゴリー)、また当初から両者が強く関連する形で成立したこと*10、等です。こうした点を整理することで、フィクション研究にハッキング的な手法を導入しています。

またスーパーヒーローの歴史において、(1) (a)読者の知識 や (b)先行するジャンル作品 を踏まえた描写が連関しつつ導入され、(2)そのやり方として (c)作品世界におけるアメコミの導入 や (d)作品世界の多元的世界化 等がある、といった記述も興味深かったです。(a)と(b)の結びつきは、ハッキング的な知識による分類-分類される対象の関係と、前エントリで挙げた間テクスト的関係*11 が、連関しながら展開していることを示唆しているのかもしれません。

 こうした概念のあり方の歴史的展開も、個別の概念を使用する実践の積み重ねによって成り立ちます。拙稿はそうした個別の概念の使用を分析したものとして位置づけられると思います。どちらも、フィクションをめぐる実践が様々な概念のあり方を踏まえておこなわれること、に着目するという点は共通しています。

 ウォルトンごっこ遊び説を援用しながら、声や風景等の事物を用いたフィクションへの参加と作品鑑賞が相互に寄与している様子を分析しています。この論文と最新号のコンテンツツーリズム論を読むことで、「作品世界が紐付いていない事物を用いたフィクション参加」をどう分析するかが現象面でも理論面でも重要だということがよくわかります。どちらの論文もとても刺激になりました。

作品のカテゴリー分けや記述が作者性の特定に関与していることを論じつつ、 それを踏まえて実際の事例を分析し、作者性にかかわるある種の原理を導き出しています。美学的な観点からの事例分析の切れ味をみることができます。

 SFC時代のJRPGSRPGを「シミュレーションの様式化」という観点から分析した論文。シミュレーションの考察は『ビデオゲームの美学』と共通部分もあり、あわせて読みたい論文のひとつです。僕もJRPG論をなかなか書けないでいますが、書く際はかならず参照することになるでしょう。

芸術作品のわいせつ性がどのように――非法的知識を用いながら――判断されているかを、主に判決文を丁寧に分析し考察した論文。EM的なテクスト分析の切れ味を味わうことができます。テクストの分析に興味がある人はぜひ読んでみてください。 

 『社会にとって趣味とは何か』にも収録されていますが、必読の論文だと思います。「おたく」の歴史を他者執行/自己執行カテゴリーの観点から記述しています。いまある「おたく語り」は大塚英志がはじめたという論旨はなかなか驚きです。サックスの「ホットロッダー」においては他者執行/自己執行の移行がカテゴリーを切り替えることでなされていましたが、「おたく」においてはおなじ語の使い方を変えることで達成している点が興味深いです。なにかの分類学をつくりあげる点も両者は共通しています。

 楽譜と演奏実践を照らし合わせながら、演奏の「誤り」がいかにして理解可能になっているかを分析しています。僕の興味は主に芸術作品にあり、芸術的な概念がどのように用いられているかに関心をもっているので、こうした分析は参考になります。

注にもすこし書きましたが、拙稿の1節はEMによるクリプケンシュタイン批判をすこしだけ下敷きにしている部分があり、構想の検討中にこちらも読みました。サールの「統制的規則/構成的規則」とロールズの「要約的見方/実践的見方」を――因果的記述/実践的記述という対比のもと――比較検討しています。結論でウィトゲンシュタイン派EMに合流しており、EMのルール観を理解するにはよい論文だと思います。

 

 

 

*1:もう1つ興味深いのは、1930年代は男女間の恋愛の描写が禁句だったので、女性同士の親密な関係がテーマになったのですが、「軍歌」ではそれもふさわしくないので、男性同士の関係性を強調した作品(「二輪の花」。「同期の桜」の原曲)がつくられたというところです。「社会的な抑圧」により「性的な関係性の読み替え」がおこなわれるという意味では、(構図は異なりますが)現在の「やおい」にも通じる事態だと思います

*2: 当初「セカイ系」というカテゴリーは、「主人公の語りの激しさ」と「エヴァンゲリオンっぽさ」を結びつけて理解・解釈されており、かつ揶揄的な意味合いを含んだものでした。それが批評等で取り上げられる過程で、「主人公とヒロインの関係性」が「世界の興亡」のような大状況に直結する作品、というふうに解釈し直され、また宇野常寛によるセカイ系批判を経て、作品内部に「セカイ系」概念が取り込まれるようになった、と論じられています

*3:イアン・ハッキングの著作や前エントリで紹介した『概念分析の社会学』シリーズ、後述の高田論文等を参照のこと

*4:セカイ系」の作品において「ロボットアニメ」「ミステリー」等の「ジャンル・コード」への「自己言及」がなされている、と指摘されています

*5:セカイ系」は女性の側が戦うこと(「戦闘美少女」)がひとつの特徴として挙げられることがありますが、本書が分析する小説も、「女性の妊娠」が物語の起点になっており、それを男性が語っているという意味で、似た部分があるともいえます

*6:ブルデューは文化的な趣味において基礎的なカテゴリー(作家、作品、スタイル、ジャンル)が重要な役割をもつと論じており(本書p.41-42)、勉強するべきかもしれません

*7:この2つは「対象の理解-解釈の枠組み」のペアとは微妙に異なるのですが、その2つの循環から抜け出す方法も含まれています

*8:個人的には他の問題解決方法と並んで「文学」が数え入れられているのがアツいと思います

*9:他にユール『ハーフリアル』も対象を2つの観点から分析した著作といえるでしょう

*10:のちに「スーパーヒーロー」の特徴とみなされる点は、当初から読者の視点を踏まえたものでした(pp.193-194)

*11:先行するテクストを踏まえて後続のテクストが成立し、後続のテクストによって先行するテクストの解釈が枠付けられる

「作品とカテゴリーの実践」関連ブックガイド①

本論文の関連記事:

 

「作品とカテゴリーの実践」に関連した書籍のブックガイドをお届けします。

とはいえ僕が紹介できる本は、以下のエントリで皆さんが紹介しているものばかりです。

なので僕は基本文献にしぼって、素人なりにおすすめの読み方と、拙稿に関係がある部分を紹介したいと思います。専門家による紹介は上記のサイトを参照してください。  

 【目次】

基本セット

フィルカル Vol. 3, No. 2 ―分析哲学と文化をつなぐ―

フィルカル Vol. 3, No. 2 ―分析哲学と文化をつなぐ―

  • 作者: 野上志学,渡辺一暁,長門裕介,高橋志行,吉川孝,谷川嘉浩,竹内未生,中井杏奈,青田麻未,しゅんぎくオカピ,八重樫徹,飯塚純
  • 出版社/メーカー: 株式会社ミュー
  • 発売日: 2018/09/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る
 

 拙稿「作品とカテゴリーの実践」掲載してます。ジャンルや批評に興味がある方はブックガイド的にも読んでいただけると思います。

 

分析美学におけるカテゴリー論の古典です。拙稿の議論の出発点です。森さんが電子出版物として販売されているので、まずはこちらを購入することをおすすめします。

なお拙稿におけるウォルトンの位置づけはやや変わったものなので、その点はご注意ください。

 

批評について: 芸術批評の哲学

批評について: 芸術批評の哲学

 

分析美学からの批評論です 。拙稿の最重要文献になります。比較的読みやすいようにも思うので、おすすめです。拙稿では3章にハイライトしましたが、それ以外の章の議論も大変示唆的です。

 

エスノメソドロジー―人びとの実践から学ぶ (ワードマップ)

エスノメソドロジー―人びとの実践から学ぶ (ワードマップ)

 

日本語のEMの入門書の中では一番おすすめです。最も教科書らしいエッセンシャルな記述だと思います。

 

以上4冊はとりあえず買っていいと思います。

 

分析美学 

個人的におすすめの読み方等を紹介してゆきます。

 

現代アートの哲学 (哲学教科書シリーズ)

現代アートの哲学 (哲学教科書シリーズ)

 

 タイトルは現代アートですが、分析美学の入門書でもあります。ステッカー本の前に1冊という方にはこちら。熟読するというより、トピックを大まかに把握する方がいいかもしれません*1 フーコー等の現代思想も参照しているので批評読者には馴染みやすいかも。

 

ビデオゲームの美学

ビデオゲームの美学

 

 ビデオゲームを分析するための理論的枠組を、主に分析美学やゲーム研究を参照して整理・考察した著作。ビデオゲームに興味がある方であれば、分析美学の入門書としても読めるかと思います。

pp.46-48にウォルトンのカテゴリー論の紹介があります。正統的な位置づけはこちらで確認してください。

 

分析美学入門

分析美学入門

 

 分析美学の教科書の決定版です。大部の著作なので興味がある箇所から読むのもおすすめです。議論の概略を知ることができます。サポートページはこちらです:『分析美学入門』紹介サイト

 

分析美学基本論文集

分析美学基本論文集

 

 こちらは歴史的な論文等もあり読みやすさは色々なので、教科書としてはステッカー本の方がすぐれています。ですが興味がある分野についてステッカー本と本書の関連した章をピックアップして読み進めてゆくのもありでしょう*2 。また巻末に解説があるので参考になります。

おなじことは以下に紹介する本にもあてはまります。あまり読む順番にこだわらず、興味をもてそう/読みやすそうな順で読んでゆくことをおすすめします(最初は興味をもつことが大事なので)。

 

フィクションの哲学 〔改訂版〕

フィクションの哲学 〔改訂版〕

 

フィクション論を扱った日本語文献です。無印版と改訂版があり内容が違うのですが、改訂版の7章ではウォルトンの議論と描写の哲学と結びつけています。

 

フィクションとは何か―ごっこ遊びと芸術―

フィクションとは何か―ごっこ遊びと芸術―

 

ウォルトンのフィクション論の代表作はこちらです(最新の著作ではないです)。『フィルカル』No.3 Vol.2のコンテンツツーリズム論や、Vol. 2 No. 2のアイドル論などで参照されています。

フィクション論についてはこちらを参照してください:

[fiction] フィクション論の古典なり基礎文献的なもの - うつし世はゆめ / 夜のゆめもゆめ

 

画像と知覚の哲学―現象学と分析哲学からの接近

画像と知覚の哲学―現象学と分析哲学からの接近

 

 4章で描写の哲学、10章にて「芸術のカテゴリー」を扱っています。それに加えて11章も興味深く読みました。また、

知覚と判断の境界線:「知覚の哲学」基本と応用

知覚と判断の境界線:「知覚の哲学」基本と応用

 

 の6章は美的性質の知覚を扱ってます。

 

フィルカル Vol. 1, No. 2 ―分析哲学と文化をつなぐ―

フィルカル Vol. 1, No. 2 ―分析哲学と文化をつなぐ―

  • 作者: 高崎将平,要真理子,松永伸司,稲岡大志,大谷弘,モリス・ワイツ,長門裕介,飯塚純
  • 出版社/メーカー: 株式会社ミュー
  • 発売日: 2016/09/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る
 

ジャンルは芸術の下位概念とされることもあり、ジャンル論と芸術の定義論は深い関係があります。本書所収のモリス「美学における理論の役割」は芸術の定義の不可能性を論じた古典的論文です。

拙稿ではジャンルが様々に訂正・改訂されることを論じましたが、当然ジャンルもモリスのいう「開かれた概念」に相当し、おなじように記述的用法(カテゴリー分け)と評価的用法(価値づけ)の2つがありえるでしょう。

訳者の松永さんが単独でも販売しています(解説もあります):

M. Weitz「美学における理論の役割」|まつなが|note

 

ありふれたものの変容:芸術の哲学

ありふれたものの変容:芸術の哲学

 

 こちらは逆に芸術を定義しようとした著作です。

拙稿では作品記述とカテゴリーの関係に注目しましたが、むしろ作品記述とカテゴリーに結びついた概念(主題やモチーフ等)の関係を強調した方がよかったかな、という反省があります。

本書第5章では、作品を芸術的な概念のもとで解釈することで、作品が芸術作品として同定される、という議論がなされています。そのまま当てはめることはできませんが、拙稿にとっても興味深い議論であるように思います。

なおステッカー本のp.171に本書の芸術定義のキャロルによるまとめが載っています。

おまけ:

アート・ワールド

アート・ワールド

 

分析美学の芸術論を踏まえた社会学的研究。論者によって「アートワールド」の意味は異なる点に注意。ディッキー「芸術とはなにか」(『分析美学基本論文集』所収)とあわせて読みたい

 

文学理論

拙稿ではまったく言及していない分野ですが、(とくに読書行為論は)拙稿の議論と近いものがあると思うので、比較していただけるといいかと思います。

 

物語のディスクール―方法論の試み (叢書記号学的実践 (2))

物語のディスクール―方法論の試み (叢書記号学的実践 (2))

 

 文学理論といえばナラトロジー。最近(でもないですが)現代日本文学で「移人称小説」が話題になりましたが*3、すでに指摘されているように理論的には本書で出尽くしています。そんな意味でも必読の1冊ですが、絶版につき古書価格が高騰しています*4 ですが続編の

物語の詩学 ─続・物語のディスクール 叢書記号学的実践 (3)

物語の詩学 ─続・物語のディスクール 叢書記号学的実践 (3)

 

 は新品で全然買えるし、訳者による前著の解説もついてるので、こちらを購入するのもありかもしれません。また、

ナラトロジー入門―プロップからジュネットまでの物語論 (水声文庫)

ナラトロジー入門―プロップからジュネットまでの物語論 (水声文庫)

 

 はその後の議論も踏まえて整理された解説になっているので、おすすめです。

この本の著者は、作品の読み方を提示する解釈学と、作品のメカニズムを明らかにする詩学を分けており、ナラトロジーは後者に属しています。個人的には、ある意味では両方の視点をもつ(作品の解釈過程における「語り」のあり方を考える)ことが重要かなと思っています。

 

行為としての読書―美的作用の理論 (〈特装版〉岩波現代選書)

行為としての読書―美的作用の理論 (〈特装版〉岩波現代選書)

 

 そんなわけで読書行為論の古典です。こちらも絶版につき古書高騰です。この本も後続の議論が盛り上がった1冊なので、なんとかしてほしいですね。

作者が様々な参照枠から要素を選択しつつテクストを製作する一方、読者も準拠枠をもとにテクストの特定の要素を選択しつつ読む、そんな両者の過程を論じています。拙稿の議論と通じる部分は多いと思います。

代わりの1冊としてはおなじ著者の他の本より、

挑発としての文学史 (岩波現代文庫)

挑発としての文学史 (岩波現代文庫)

 

の方がいいかもしれません(文庫だし)。 

 日本語の読書行為論の入門書としては、

読者はどこにいるのか--書物の中の私たち (河出ブックス)

読者はどこにいるのか--書物の中の私たち (河出ブックス)

 

が挙げられますが、ちょっと前の著作ということもあり、正直いって癖の強い1冊です。この本は「現代思想が国文学(系テクスト論)にどのように影響を与え、どのような作品分析に帰結したか」という視点で読むといいと思います。そうすれば作品分析を検証することで理論の側の問題点も検討できます。

 

認知物語論キーワード (IZUMI BOOKS)

認知物語論キーワード (IZUMI BOOKS)

 

 読者の解釈過程に着目する方向性としては、こちらの方がいいと思います。認知物語論は、ある意味では詩学と解釈学の接合ともいえなくもない。テクストの要素選択と主題の相互関係を指摘しているのも拙稿に近いラインです。

ただし本書だけでテクスト分析をするにはやや物足りないです。とくに、個々の概念/イメージがいかにして成り立っているかの議論が必要に思いました。認知物語論は最近のまとまった成果でもあるので、じっくり検討したいと思います。

 

影響の不安―詩の理論のために

影響の不安―詩の理論のために

 

 これも絶版ですね。すいません絶版ばかりのリストで。

 「シェイクスピアに与えたT・S・エリオットの影響」というコピーで有名な(?)著作ですが、ある作品が先行作品を踏まえて作られる一方、後続作品によって先行作品の解釈枠も形作られる、という言い方もできると思います。つまり、後続作品と先行作品は相互的な関係になっています。

これは当然ジャンルにも当てはまる話ですが、拙稿ではこうした関係を(後続作品-先行作品の関係にではなく)作品をあるジャンルとみなす実践においてみいだしています。

参考:ハロルド・ブルーム「影響の不安」 - モナドの方へ

 

文学をめぐる理論と常識

文学をめぐる理論と常識

 

 「作者の死」等の文学理論と常識的な議論の中庸を目指すという立ち位置は、キャロル本と比較されてもよいような気がします。

 

エスノメソドロジー 

導入になりそうな研究(というより個人的におもしろかったもの)をざくっと紹介していきます。

 

見ること・聞くことのデザイン (メディア理解の相互行為分析)

見ること・聞くことのデザイン (メディア理解の相互行為分析)

 

拙稿の重要参考文献①。メディアのエスノメソドロジー研究です。メディアの表象そのものを対象とした分析がいくつかあり(CMやマンガ等)、大変参考になりました。モノのカテゴリーの議論やCM論争の分析等、拙稿でも複数箇所参照しています。

 

概念分析の社会学 ─ 社会的経験と人間の科学

概念分析の社会学 ─ 社会的経験と人間の科学

 

ハッキングの歴史的存在論(「ループ効果」)とウィトゲンシュタイン派EMの概念の論理文法分析(「概念連関」)の交点に位置する社会学研究。続編とあわせて、ナビゲーションが大変勉強になります。

文学研究者なら「第7章 優生学の作動形式」は興味深く読めると思います。おすすめ。

 

概念分析の社会学2: 実践の社会的論理

概念分析の社会学2: 実践の社会的論理

 

『フィルカル』No.3 Vol.2掲載の合気道論では、合気道家が独特のものの見方をもっていることが示唆されていましたが、 13章はまさにそうしたものの見方が正面から社会学研究の対象になっているので、ぜひつづけて読まれることをおすすめします。

また14章は、観光における「見ること」に結びついた活動を実践に即して記述しています。たとえば「記念撮影」は(同行者と)「同じものを見る」活動であるとどうじに、「過去の旅行を振り返る」契機にもなりうるのです。この論文は参与観察をしているので一見ハードルは高そうですが、聖地巡礼動画の分析にとっても示唆的だと思います。

『フィルカル』No.3 Vol.2にもコンテンツツーリズム論と、環境美学ご専門の方の学会報告が掲載されていますが、「観光」も美学のテーマになっています。

フィルカルへの寄稿

Mami AOTA on Twitter: "おととい日大で行ったワークショップ「美的経験、再考!」でのわたしの発表の資料を公開します

 

語る身体・見る身体

語る身体・見る身体

 

6章にゲームプレイ実践のビデオ分析があります。参加者がゲーム的な概念を踏まえながら、ゲーム画面内と外の二重の相互行為をおこなっている様子が詳述されています。ゲーム実況動画の分析のヒントになるんじゃないでしょうか。

 

実践の中のジェンダー?法システムの社会学的記述

実践の中のジェンダー?法システムの社会学的記述

 

 拙稿の重要参考文献②。じつはEMで最初に読んだのがこの本なのですが、ルーマンのシステム論*5、言語行為論(オースティン、デリダ、サール)、ジェンダー論(ジュディス・バトラー)、等々、様々な論点で影響を受けました。思想系の読者からみても接点が色々あると思うので、WM『エスノメソドロジー』の前にこの本を覗いてみるというのもありかもしれません。

 

心と行為―エスノメソドロジーの視点 (現代社会学選書)

心と行為―エスノメソドロジーの視点 (現代社会学選書)

 

ウィトゲンシュタインエスノメソドロジーの著作。序章が議論の見取り図になっており、「概念分析」の理解に役立ちました。

 

エスノメソドロジー―社会学的思考の解体

エスノメソドロジー―社会学的思考の解体

 

 初期エスノメソドロジー研究。サックス「ホットロッダー」が有名ですね*6 バラエティに富んだ論文が載っていて、小説のように読めるものもあるので*7、まずは読んでみることをおすすめします。

 

日常性の解剖学―知と会話

日常性の解剖学―知と会話

 

 こちらはより理論的な初期EM研究。ドキュメント解釈法のガーフィンケル論文、成因カテゴリー化装置のサックス論文、会話の終了プロセスを論じたサックス・シェグロフ論文等、基礎文献を所収しています。最後の論文が比較的読みやすいかもしれません。

 

 

まだいくつか紹介したい本や論文があるのですが、長くなったので次回のおたのしみに!

*1:報告文/反省文の対比(p.90)等、示唆的な論点も色々あります

*2:たとえばフィクション論について、ステッカー本の8章と本書所収のウォルトン「フィクションを怖がる」を先に読む

*3:渡辺直己小説技術論』や佐々木敦新しい小説のために』等

*4:僕は古書で買ってしまいましたが、この本はここから様々な議論が展開された1冊なので、文庫化等されるべきだと思います

*5:小宮友根『実践の中のジェンダー』 - 西東京日記 IN はてな にて紹介されています

*6:今ちらっとみたらフロイトのエディプス・コンプレックス論に批判的に言及してました

*7:ガーフィンケルの小説「カラートラブル」はこちらで読めます

『フィルカル』Vol.3 No.2に掲載いただきました

本論文の関連記事:

  

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作品とカテゴリーの実践

ー「HINOMARU」批評の分析ー

『フィルカル』Vol.3 No.2に拙稿 「作品とカテゴリーの実践 —「HINOMARU」批評の分析—」を掲載いただきました。フィルカルさんはいままでいち読者として読んでいたので、今回思いがけず投稿論文を掲載いただきうれしいです。

『フィルカル』Vol.3 No.2の紹介

 拙稿の出来を脇に置くとして。非常にバラエティに富んだ記事が並んでいます。各論文に紙幅を割いており、どれも「本格的」なのも特徴だと思います。

分析哲学・美学の手堅い紹介がきっちりあり、谷川論文の3節や拙稿の1.1節はウォルトンの紹介にもなっているので、この分野に興味がある人がまず雰囲気をつかむのに最適な号かもしれません。

ひとつ思ったのは、分析哲学・美学を基礎にしつつ、他の分野(社会学etc)も踏まえて対象について論じている論考がいくつかあることです。それぞれが異なるやり方で対象に取り組んでいるので、そのアプローチの違いも読みどころだと思います。 

kugyoさんの紹介記事はこちらです:

「作品とカテゴリーの実践」の紹介 

0. はじめに

1. 鑑賞・批評におけるカテゴリー

1.1. 鑑賞のカテゴリー依存性

1.2. 批評における記述とカテゴリー

1.3. 鑑賞と記述の類比性

2. 批評実践の分析

2.1. 推論のための切符

2.2. 「愛国歌 / 軍歌」としての「HINOMARU

2.3. 理由にもとづいた批評

3. おわりに

HINOMARU

HINOMARU

 

 拙稿では、RADWIMPSHINOMARU」の批評実践を、分析美学や社会学を参照して分析しました。論考を通して、作品の鑑賞・批評実践において、作品の分類枠組み(カテゴリー)はどのように適用されるのか、を考察しています。

前半は主にウォルトン「芸術のカテゴリー」(1.1節)やキャロル『批評について』(1.2節)を検討しながら、カテゴリーの適用について考察しました。

後半はエスノメソドロジーの議論を取り入れつつ(2.1節)、こちらの論考を詳しく分析させていただきました(2.2節)。

はじめに断っておくと、かなり変わった論考です。分析美学からみると異端といっていい議論であり、かといってエスノメソドロジー研究の水準には到底満たしていません。専門家からの評価は厳しいと思いますが、今後も精進したいのでご批判等いただけるとうれしいです。

いくつかのポイントから紹介してゆきます。

作品の「ジャンル」について扱った論考です

作品の「ジャンル」は不思議な存在です。作品鑑賞に深くかかわる一方、作品とジャンルの関係は一筋縄ではありません。本稿ではジャンルを含めたカテゴリーのあり方について論じました。

「批評」について考察しました

作品批評においてもカテゴリーは重要です。本稿では批評とカテゴリーの関係について考察しつつ、批評の(ひとつの)意義を描いています。批評に興味がある方が読めば(意見の違いも含めて)参考になると思います。

キャロル『批評について』を取り上げています

キャロル『批評について』は、分析美学の立場から批評について精力的に考察した著作です。昨年邦訳が発売し、批評の読者にも読まれているようです。佐々木敦さんが比較的大きく取り上げていますが、批評の定義等の異論もあるようです。ご参考:

https://twitter.com/carta_pergamena/status/1012653479385370625

拙稿では主に「第三章 批評の諸部分」に着目し、批評の分析の枠組みとして活用しています。キャロル本の読み方としては異端かもしれませんが、ひとつの読み方の提案となっています。

RADWIMPSHINOMARU」騒動について分析しました

6月来からのこの論争について、作品の鑑賞・批評実践の事例として位置づけ、分析を試みています。人々が作品を批評するやり方をいくつか指摘してうえで、辻田氏の批評文を細かく分析しています。

作品の鑑賞・批評実践を分析する試みです

作品について考える際に鑑賞実践が重要なのは論を待たないですが、それを具体的に分析するのは意外に難しいです。本稿は鑑賞・批評実践を、作品の理解とカテゴリーの関係に着目して分析する、という方向性を提案し、実際におこなっています。

分析美学を参照した経験的研究です

いままで様々なやり方で、分析美学を援用した文化の分析が試みられてきました。本稿はまたひとつ違ったやり方を提案するものになっていると思います。

 

ちなみにおすすめの読み方は、批評についてちょっと違った視点で考えるためのブックガイドとして読むことです。本稿は元々キャロル論として構想されたこともあり、全体としては「批評論」といっていいと思います。

主な反響

 

内容紹介は以上になります。以下は投稿の経緯等について書きます。

 

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