仄聞社ジャーナル

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『フィルカル』Vol.3 No.2に掲載いただきました

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作品とカテゴリーの実践

ー「HINOMARU」批評の分析ー

『フィルカル』Vol.3 No.2に拙稿 「作品とカテゴリーの実践 —「HINOMARU」批評の分析—」を掲載いただきました。フィルカルさんはいままでいち読者として読んでいたので、今回思いがけず投稿論文を掲載いただきうれしいです。

『フィルカル』Vol.3 No.2の紹介

 拙稿の出来を脇に置くとして。非常にバラエティに富んだ記事が並んでいます。各論文に紙幅を割いており、どれも「本格的」なのも特徴だと思います。

分析哲学・美学の手堅い紹介がきっちりあり、谷川論文の3節や拙稿の1.1節はウォルトンの紹介にもなっているので、この分野に興味がある人がまず雰囲気をつかむのに最適な号かもしれません。

ひとつ思ったのは、分析哲学・美学を基礎にしつつ、他の分野(社会学etc)も踏まえて対象について論じている論考がいくつかあることです。それぞれが異なるやり方で対象に取り組んでいるので、そのアプローチの違いも読みどころだと思います。 

kugyoさんの紹介記事はこちらです:

「作品とカテゴリーの実践」の紹介 

0. はじめに

1. 鑑賞・批評におけるカテゴリー

1.1. 鑑賞のカテゴリー依存性

1.2. 批評における記述とカテゴリー

1.3. 鑑賞と記述の類比性

2. 批評実践の分析

2.1. 推論のための切符

2.2. 「愛国歌 / 軍歌」としての「HINOMARU

2.3. 理由にもとづいた批評

3. おわりに

HINOMARU

HINOMARU

 

 拙稿では、RADWIMPSHINOMARU」の批評実践を、分析美学や社会学を参照して分析しました。論考を通して、作品の鑑賞・批評実践において、作品の分類枠組み(カテゴリー)はどのように適用されるのか、を考察しています。

前半は主にウォルトン「芸術のカテゴリー」(1.1節)やキャロル『批評について』(1.2節)を検討しながら、カテゴリーの適用について考察しました。

後半はエスノメソドロジーの議論を取り入れつつ(2.1節)、こちらの論考を詳しく分析させていただきました(2.2節)。

はじめに断っておくと、かなり変わった論考です。分析美学からみると異端といっていい議論であり、かといってエスノメソドロジー研究の水準には到底満たしていません。専門家からの評価は厳しいと思いますが、今後も精進したいのでご批判等いただけるとうれしいです。

いくつかのポイントから紹介してゆきます。

作品の「ジャンル」について扱った論考です

作品の「ジャンル」は不思議な存在です。作品鑑賞に深くかかわる一方、作品とジャンルの関係は一筋縄ではありません。本稿ではジャンルを含めたカテゴリーのあり方について論じました。

「批評」について考察しました

作品批評においてもカテゴリーは重要です。本稿では批評とカテゴリーの関係について考察しつつ、批評の(ひとつの)意義を描いています。批評に興味がある方が読めば(意見の違いも含めて)参考になると思います。

キャロル『批評について』を取り上げています

キャロル『批評について』は、分析美学の立場から批評について精力的に考察した著作です。昨年邦訳が発売し、批評の読者にも読まれているようです。佐々木敦さんが比較的大きく取り上げていますが、批評の定義等の異論もあるようです。ご参考:

https://twitter.com/carta_pergamena/status/1012653479385370625

拙稿では主に「第三章 批評の諸部分」に着目し、批評の分析の枠組みとして活用しています。キャロル本の読み方としては異端かもしれませんが、ひとつの読み方の提案となっています。

RADWIMPSHINOMARU」騒動について分析しました

6月来からのこの論争について、作品の鑑賞・批評実践の事例として位置づけ、分析を試みています。人々が作品を批評するやり方をいくつか指摘してうえで、辻田氏の批評文を細かく分析しています。

作品の鑑賞・批評実践を分析する試みです

作品について考える際に鑑賞実践が重要なのは論を待たないですが、それを具体的に分析するのは意外に難しいです。本稿は鑑賞・批評実践を、作品の理解とカテゴリーの関係に着目して分析する、という方向性を提案し、実際におこなっています。

分析美学を参照した経験的研究です

いままで様々なやり方で、分析美学を援用した文化の分析が試みられてきました。本稿はまたひとつ違ったやり方を提案するものになっていると思います。

 

ちなみにおすすめの読み方は、批評についてちょっと違った視点で考えるためのブックガイドとして読むことです。本稿は元々キャロル論として構想されたこともあり、全体としては「批評論」といっていいと思います。

主な反響

 

内容紹介は以上になります。以下は投稿の経緯等について書きます。

 

  

掲載いただくまで

昨年より縁があってakadaさんの「哲学とポピュラーカルチャー研究会」に顔をださせていただいてまして。そこでの議論にも触発されていました。

ご厚意で研究会にて論文のプロトタイプ的なものを検討していただき、一度最初から書き直しました。草稿を一緒に検討してもらえる場は大変に貴重です。研究会の皆様、ありがとうございました*1

草稿をフィルカルさんに投稿し、編集部と美学ご専門の方からコメントをいただきました。とくにウォルトンの議論についてかなり直しました。もちろん文責はすべて私にありますが、ほんとうに助かりました。

また酒井さんにお願いして、EMのご専門の方からコメントをいただきました。それを踏まえて2節を改稿しました。専門外の素人につきあっていただいて感謝にたえません。

改めて皆様のご厚意に感謝します。ありがとうございました。

 フィルカルさんは前号よりページ数が多くなったこともあり、原稿募集中のようですので、投稿先としてフィルカルさんを強くおすすめします!

森さんのご訳業には感謝しきりです。勝手な読み方をして申し訳ありません、という気持ちが強いです。丁寧な翻訳をありがとうございました。

 

 

 

 

*1:研究会に紹介してくださったkugyoさんと同じ号に掲載できてうれしいです