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「作品とカテゴリーの実践」関連ブックガイド②

本論文の関連記事:

 

関連ブックガイドその②をお送りします。

 【目次】

文化批評/研究

日本の軍歌 国民的音楽の歴史 (幻冬舎新書)

日本の軍歌 国民的音楽の歴史 (幻冬舎新書)

  • 作者: 辻田真佐憲
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2014/07/30
  • メディア: 新書

 拙稿でも取り上げた辻田さんの著作。「軍歌」というカテゴリーに取材しつつ、戦前日本のメディアと社会(エンタメと政治)の関係をまとめた本です。「軍歌」は、国威高揚、戦況のニュース速報、兵士の英雄譚、等様々な役割をもっていました。たとえば日露戦争で活躍した一兵卒を英雄化する軍歌があり、題材になった人は実態とはかけ離れた「英雄」を自ら演じてゆくのですが、ここには「メディアによるキャラクターの暴走」といった事態がすでに先駆的にあらわれています*1 すぐれた歴史記述は、現在の社会から過去を振り返るものでもある、ということがよくわかる著作だと思います。

  

セカイ系とは何か (星海社文庫)

セカイ系とは何か (星海社文庫)

セカイ系」というカテゴリーの流行を丹念に記述することで、エヴァンゲリオン以降のオタク文化を振り返った著作。ゼロ年代批評の文脈のまとめにもなっています。

この著作では、流行の過程で「セカイ系」の理解のされ方(概念の結びつき方)が変化しつつ*2、ポピュラーカルチャーの外側からの呼称だった「セカイ系」が、積極的に自称されるようになった過程が記述されています。ここでおこっているのは、「ポピュラーカルチャーについての言論・知識」が「ポピュラーカルチャー作品の概念のあり方」に影響をおよぼすという意味で、ある種の「ループ効果」*3 だと思われます。さらに複雑なのは、「セカイ系」はループ効果をひきおこすとどうじに、ループ効果の産物でもあること*4 が示唆されていることです。コンパクトながら「セカイ系」をめぐる複雑な動態を提示している点で、すぐれた著作だと思います。

 

妊娠小説 (ちくま文庫)

妊娠小説 (ちくま文庫)

 「セカイ系」はポピュラーカルチャーにおいて実在するカテゴリーですが*5、こちらは近現代文学を「妊娠小説」というアドホックなカテゴリーのもとで批評しています。社会において確立していないカテゴリーを扱っていながら、そのカテゴリーのもとで作品を細かく分類・解釈・評価しており、キャロルが論じた批評の諸作業はフル活用しているという意味でも、興味深い一冊だと思います。

本書の『風の歌を聞け』読解は、↓のような村上春樹論   

謎とき 村上春樹 (光文社新書)

謎とき 村上春樹 (光文社新書)

  • 作者: 石原千秋
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2013/12/20
  • メディア: Kindle

 でも画期的なものとして言及されており、こうした批評書は作品論にも貢献しています。

 

シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち:近世の観劇と読書

シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち:近世の観劇と読書

  • 作者: 北村紗衣
  • 出版社/メーカー: 白水社
  • 発売日: 2018/03/24
  • メディア: 単行本

 前エントリでも言及した受容理論を踏まえつつ、女性の観客や評論家によるシェイクスピア劇の受容史を描いた著作。作品が受容される際には、特定のキャラクターや演者や人間関が焦点化されたり、「世俗性」や「機智」といった概念と結びつけられたり、「原作」志向と「芝居」志向が対立したりしています。そうした様々な解釈過程を織り交ぜつつ、地道な資料調査により女性の鑑賞者の存在を活写しています。

 この著作と合わせて読むべきなのは、 著者も述べているように、

宝塚・やおい、愛の読み替え―女性とポピュラーカルチャーの社会学

宝塚・やおい、愛の読み替え―女性とポピュラーカルチャーの社会学

  • 作者: 東園子
  • 出版社/メーカー: 新曜社
  • 発売日: 2015/04/24
  • メディア: 単行本

のようなファンカルチャー研究でしょう。「やおい」においては作品の特定の人間関係を焦点化し同性愛的関係に読み替えるわけですが、興味深いのはそうした「カップリング」はときとして「学説」と呼ばれることです。またテクスト批評においても作中の人間関係を精神分析的枠組みのもとで解釈するやり方は定番です。「ファンカルチャー」と「批評」の相似的な関係がうかがわれます。 

 

社会にとって趣味とは何か:文化社会学の方法規準 (河出ブックス 103)

社会にとって趣味とは何か:文化社会学の方法規準 (河出ブックス 103)

 宮台真司サブカルチャー神話解体』とブルデュー理論を批判的に検証しつつ、文化社会学のあり方を提示する著作。僕は前者は大いに影響を受けている一方で後者は不案内なのですが*6、2章後半の議論(「全体集約型趣味/自律的趣味型趣味」の対比)は読んでおくべきかと思います。また本書は統計的手法とEMや会話分析を織り交ぜた議論をしており、論文のスタイル面でも参考になりました。

 

マンガ視覚文化論: 見る、聞く、語る

マンガ視覚文化論: 見る、聞く、語る

漫画評論の最新の評論集です。「見る内容/読む内容」という描写の哲学を連想する区別をしているのが興味深いです。

 

ハーフリアル ―虚実のあいだのビデオゲーム

ハーフリアル ―虚実のあいだのビデオゲーム

  • 作者: イェスパー・ユール,松永伸司
  • 出版社/メーカー: ニューゲームズオーダー
  • 発売日: 2016/09/30
  • メディア: 単行本

 現代的なビデオゲーム研究の古典。ビデオゲームを「ルール」と「フィクション」の両方の側面から考察しています。様々な学術的知見を用いながら、複数の角度から題材について論述しています。学際的でありつつ対象に即した研究として手本になると思います。この本については、

ビデオゲームの美学

ビデオゲームの美学

  • 作者: 松永伸司
  • 出版社/メーカー: 慶應義塾大学出版会
  • 発売日: 2018/10/20
  • メディア: 単行本

 の併読が今後は必須になるかと思います。

 

解釈学的循環 

拙稿ではちらっと解釈学的循環がでてきましたが、拙稿の読み方として、「対象の理解」と「解釈の枠組み」が循環することがあり、一度はまり込むと抜け出しにくいので、つねに様々な事実や枠組みをチェックしたほうがよい、という教訓をひきだすのは全然ありだと思います(読み方レベル1)。

実際にそうした循環にはまり込んでしまった事態を描いたものとして、

陰謀の日本中世史 (角川新書)

陰謀の日本中世史 (角川新書)

  • 作者: 呉座勇一
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/03/09
  • メディア: 新書
歴史修正主義とサブカルチャー (青弓社ライブラリー)

歴史修正主義とサブカルチャー (青弓社ライブラリー)

  • 作者: 倉橋耕平
  • 出版社/メーカー: 青弓社
  • 発売日: 2018/02/27
  • メディア: 単行本

 といった著作が挙げられます。たとえば「陰謀論」は(過度に恣意的な)枠組みのもとで資料を解釈する一方、解釈枠組みに適合的な資料のみを収集し、批判的な意見を「陰謀」として解釈枠組みに還元してしまう(解釈枠組みが正しいからこそ批判にさらされるのだ、といったように)という意味で、まさに「循環」が強力に働いている事例だといえると思います。

またそうした循環から抜け出す具体的なノウハウとして、 

問題解決大全――ビジネスや人生のハードルを乗り越える37のツール

問題解決大全――ビジネスや人生のハードルを乗り越える37のツール

  • 作者: 読書猿
  • 出版社/メーカー: フォレスト出版
  • 発売日: 2017/11/19
  • メディア: 単行本 

を挙げたいと思います。ここでは「問題の認知」と「解決方法」の循環を指摘したうえで*7、そうした循環に介入する方法が紹介されています*8

 しかしながら「循環にはまり込んでいる事例」と「はまり込んでいない事例」は、そもそも枠組みの同一性が不定形である以上、厳密に区別することはできません。拙稿の議論が示唆しているのは、循環にはまり込んでいる事例もそうでない事例も、対象の理解と解釈の枠組みの往復という技法は共通しており、そうした観点から一貫して分析可能だ、ということなのです(読み方レベル2)。そうした観点からの分析は、前エントリで紹介した「ドキュメント解釈法」の議論を参照する必要があるでしょう。

 

フェミニズムジェンダー

拙稿の「HINOMARU」論争の分析は、「私作る人、僕食べる人」CM論争の江原由美子さんによる分析を参照し、下敷きにしています。フェミニズムはこのような事例分析の知見を提供するものでもあるのです。

参考:CiNii 論文 -  「受け手」の解釈作業とマス・メディアの影響力 (<特集>新しい「受け手」論の研究)

フェミニズムジェンダー論が明らかにしてきたのは、私たちが性的なカテゴリーによってなにかを分類する際に、様々な知識や概念を用いている、ということです。これは拙稿の作品のカテゴリー分けの議論とも通じるものがあります。拙稿がおもしろかった方は、フェミニズムジェンダー論により興味をもっていただけるかもしれません。こうした考え方が簡単にわかるものとして、

ジェンダー論をつかむ (テキストブックス[つかむ])

ジェンダー論をつかむ (テキストブックス[つかむ])

  • 作者: 千田有紀,中西祐子,青山薫
  • 出版社/メーカー: 有斐閣
  • 発売日: 2013/03/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
はじめてのジェンダー論 (有斐閣ストゥディア)

はじめてのジェンダー論 (有斐閣ストゥディア)

  • 作者: 加藤秀一
  • 出版社/メーカー: 有斐閣
  • 発売日: 2017/04/22
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 を挙げたいと思います(他によい本があったら教えてください)。

専門外ではありますが、フェミニズムジェンダー論は必須の教養だと思います。

 

オススメ論文 

ここからは気鋭の皆様の論文をご紹介します!

拙稿とおなじくウォルトンのカテゴリー論を応用した論文です。「ハロプロ」 を単なる「アイドル」カテゴリーではなく、「アイドル」と「歌手」の2つのカテゴリーのあいだを揺れ動くものとして分析しています。おなじ「成長」でもカテゴリーによって理解が異なることをアイドルファンの発言から描きだしています。

似たような方向性としては*9

 こちらでは「Vtuber」を「キャラクター」と「パーソン」という2つのカテゴリーから分析しています。「Vtuber」論においては基礎文献になると思われます。分析美学を基礎としつつ社会学的知見も盛り込まれています。

拙稿ではこうした議論を踏まえて、カテゴリー論による事例分析の詳細化を目指しました。すなわち、対象にカテゴリーを適用する活動に着目しつつ、(複数のカテゴリーの対比ではなく)あるカテゴリーが適用されるのはどのようなことなのか、を考察しています。拙稿でも「軍歌/愛国歌」という2つのカテゴリーをあつかっていますが、主眼としては1つのカテゴリーの適用過程を詳述することにあります。

ボーカロイド」を「楽器」と「キャラクター」の両面から分析した論文です。「初音ミク」を題材としつつ、ウォルトンごっこ遊び説を援用しながら、「小道具」の理解と「虚構的真理」の相互作用(プロップ志向/内容志向のメイクビリーブ)が論述されています。カテゴリー論ではなくフィクション論のウォルトンですが、拙稿と議論が通じるものがあると思います。

イアン・ハッキングの歴史的存在論を応用して、スーパーヒーローの歴史を記述した論文。僕なりのポイントは、「フィクション外における概念・知識」と「フィクション内における概念・知識」の2つの間でもループ効果は起こり得るということ、ただし前者と後者ではおなじ語でも位相が異なること(人工物のカテゴリー/人のカテゴリー)、また当初から両者が強く関連する形で成立したこと*10、等です。こうした点を整理することで、フィクション研究にハッキング的な手法を導入しています。

またスーパーヒーローの歴史において、(1) (a)読者の知識 や (b)先行するジャンル作品 を踏まえた描写が連関しつつ導入され、(2)そのやり方として (c)作品世界におけるアメコミの導入 や (d)作品世界の多元的世界化 等がある、といった記述も興味深かったです。(a)と(b)の結びつきは、ハッキング的な知識による分類-分類される対象の関係と、前エントリで挙げた間テクスト的関係*11 が、連関しながら展開していることを示唆しているのかもしれません。

 こうした概念のあり方の歴史的展開も、個別の概念を使用する実践の積み重ねによって成り立ちます。拙稿はそうした個別の概念の使用を分析したものとして位置づけられると思います。どちらも、フィクションをめぐる実践が様々な概念のあり方を踏まえておこなわれること、に着目するという点は共通しています。

 ウォルトンごっこ遊び説を援用しながら、声や風景等の事物を用いたフィクションへの参加と作品鑑賞が相互に寄与している様子を分析しています。この論文と最新号のコンテンツツーリズム論を読むことで、「作品世界が紐付いていない事物を用いたフィクション参加」をどう分析するかが現象面でも理論面でも重要だということがよくわかります。どちらの論文もとても刺激になりました。

作品のカテゴリー分けや記述が作者性の特定に関与していることを論じつつ、 それを踏まえて実際の事例を分析し、作者性にかかわるある種の原理を導き出しています。美学的な観点からの事例分析の切れ味をみることができます。

 SFC時代のJRPGSRPGを「シミュレーションの様式化」という観点から分析した論文。シミュレーションの考察は『ビデオゲームの美学』と共通部分もあり、あわせて読みたい論文のひとつです。僕もJRPG論をなかなか書けないでいますが、書く際はかならず参照することになるでしょう。

芸術作品のわいせつ性がどのように――非法的知識を用いながら――判断されているかを、主に判決文を丁寧に分析し考察した論文。EM的なテクスト分析の切れ味を味わうことができます。テクストの分析に興味がある人はぜひ読んでみてください。 

 『社会にとって趣味とは何か』にも収録されていますが、必読の論文だと思います。「おたく」の歴史を他者執行/自己執行カテゴリーの観点から記述しています。いまある「おたく語り」は大塚英志がはじめたという論旨はなかなか驚きです。サックスの「ホットロッダー」においては他者執行/自己執行の移行がカテゴリーを切り替えることでなされていましたが、「おたく」においてはおなじ語の使い方を変えることで達成している点が興味深いです。なにかの分類学をつくりあげる点も両者は共通しています。

 楽譜と演奏実践を照らし合わせながら、演奏の「誤り」がいかにして理解可能になっているかを分析しています。僕の興味は主に芸術作品にあり、芸術的な概念がどのように用いられているかに関心をもっているので、こうした分析は参考になります。

注にもすこし書きましたが、拙稿の1節はEMによるクリプケンシュタイン批判をすこしだけ下敷きにしている部分があり、構想の検討中にこちらも読みました。サールの「統制的規則/構成的規則」とロールズの「要約的見方/実践的見方」を――因果的記述/実践的記述という対比のもと――比較検討しています。結論でウィトゲンシュタイン派EMに合流しており、EMのルール観を理解するにはよい論文だと思います。

 

 

 

*1:もう1つ興味深いのは、1930年代は男女間の恋愛の描写が禁句だったので、女性同士の親密な関係がテーマになったのですが、「軍歌」ではそれもふさわしくないので、男性同士の関係性を強調した作品(「二輪の花」。「同期の桜」の原曲)がつくられたというところです。「社会的な抑圧」により「性的な関係性の読み替え」がおこなわれるという意味では、(構図は異なりますが)現在の「やおい」にも通じる事態だと思います

*2: 当初「セカイ系」というカテゴリーは、「主人公の語りの激しさ」と「エヴァンゲリオンっぽさ」を結びつけて理解・解釈されており、かつ揶揄的な意味合いを含んだものでした。それが批評等で取り上げられる過程で、「主人公とヒロインの関係性」が「世界の興亡」のような大状況に直結する作品、というふうに解釈し直され、また宇野常寛によるセカイ系批判を経て、作品内部に「セカイ系」概念が取り込まれるようになった、と論じられています

*3:イアン・ハッキングの著作や前エントリで紹介した『概念分析の社会学』シリーズ、後述の高田論文等を参照のこと

*4:セカイ系」の作品において「ロボットアニメ」「ミステリー」等の「ジャンル・コード」への「自己言及」がなされている、と指摘されています

*5:セカイ系」は女性の側が戦うこと(「戦闘美少女」)がひとつの特徴として挙げられることがありますが、本書が分析する小説も、「女性の妊娠」が物語の起点になっており、それを男性が語っているという意味で、似た部分があるともいえます

*6:ブルデューは文化的な趣味において基礎的なカテゴリー(作家、作品、スタイル、ジャンル)が重要な役割をもつと論じており(本書p.41-42)、勉強するべきかもしれません

*7:この2つは「対象の理解-解釈の枠組み」のペアとは微妙に異なるのですが、その2つの循環から抜け出す方法も含まれています

*8:個人的には他の問題解決方法と並んで「文学」が数え入れられているのがアツいと思います

*9:他にユール『ハーフリアル』も対象を2つの観点から分析した著作といえるでしょう

*10:のちに「スーパーヒーロー」の特徴とみなされる点は、当初から読者の視点を踏まえたものでした(pp.193-194)

*11:先行するテクストを踏まえて後続のテクストが成立し、後続のテクストによって先行するテクストの解釈が枠付けられる